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茉莉花(まりか)

看護師ライター

茉莉花(まりか)

( 看護師 ケアマネージャー)

看護師が経験した医療法人立ち上げ転職活動体験談

茉莉花(まりか)
看護師ライター茉莉花(まりか)
看護師 体験談

私は短大卒業後、県立の病院に就職しました。短大在学時に県と病院からの奨学金の給付を受けていたので、他の医療機関等の就職活動をすることなく、いわば「お礼奉公」としての入職です。

私は当時、看護師になりたい子たちの最短コースと言われていた、高校の衛生看護科を卒業し、准看護師の資格を取得してからの進学でしたので、普通科高校からの専門学校卒の子達より1年早い、21歳で同期の中では一番若い看護師でした。

当時はバブルの最後の世代で、公務員といえども若干21歳の女子には使い切れないくらいのお給料でした。院内の寮に入りましたので住居費も無料、看護師はすごいなと思いました。

ここからは私の転職経験についてお話ししていきます。

1.新卒で入職した病院は3年以内に辞めようと思っていた

初めての勤務先は田舎の公立病院

病院では先輩方にも恵まれ、特に泣かされるようなこともなくかわいがっていただき、楽しく働いていました。職場の改善とかには皆全く興味はなく、とりあえず自分のシフトがきつくなければいいし、自分勤務時間は特別なことが起きなければ良いかなくらいの気楽な感じがありました。

 

特にやってみたい事はなかった

一生ここで働くつもりで入職している人はおらず、皆お礼奉公の期間が終われば次は何をしようかな、といった感じだったからだと思います。

私は特にやってみたいことは無かったのですが、職場では「3年で辞めなければずっとエスカレーター(出世街道)に乗せられる」「3年で辞めないと生涯独身」などの噂があり、確かに4年目以上の先輩たちは看護研究や病棟運営に熱く、結婚の気配もなく、休みの日もなぜか病棟に来ていて、今でいう「痛い」先輩ばかり。

 

3年以内に辞めようと思っていた

私はああなりたくはない、3年で辞めなきゃヤバイと思い、2年目の後半からは色々な病院を見学したり、先に転職した先輩たちから話を聞いたりと情報収集していました。ずっとこのままこんな田舎の地味な公立病院で埋もれたくないし、都内とか神奈川に行ってみたい、みんながドン引きするような大きな病院働いてみたい。

ドラマの撮影に使われるくらいのオシャレな病院で働いてみたい、時間を気にせず都会で遊びたいなど、妄想は膨らむ一方でした。

 

2.初めての看護師転職活動!数か所の病院を見学

数か所の病院に見学に行った

3年以内に転職するために、実際、数か所の病院を見学させていただきました。その体験談についてお話しします。

 

一つ目は首都圏にあるK大学病院

一つ目は首都圏にあるK大学病院です。都会の香りのする素敵な大学病院でした。看護師さんがおしゃれで、小さなピアスをキラキラさせている方が多く、都会の病院はすごいなぁと思いました。病院も三次救急を受けているそうですがバタバタした印象は全くなく、看護師さんは論理的で落ち着いた雰囲気の方が多かったです。

聞くと、ここは4年制大学の看護学部を併設しており、看護師自体の学力が高かったことや海外留学の経験を持つ看護師さんが多く、自分の意思をしっかりと持っている雰囲気があり、私の短大レベルの実力では通用しないかなと思い、圧倒されて退散しました。

 

二つ目は首都圏にあるN病院

二つ目は首都圏でも少し西よりで温泉の湧く地域にある、N病院でした。私の当時の専門分野ではその病院はトップクラスで、学会での発表も多く、最先端の看護を提供していました。

自分の経験が活かせるかなとか、スキルアップできるかなと思って見学させていただきましたが、案内してくださったお方が、私の病院をちょっと馬鹿にするような発言があり、ここに来たらいじめられるなと、直感で感じました。すれ違う看護師さんはあまり愛想が良くなく、患者さんは大人しい感じで看護師さんが強い雰囲気。

 

ポイント!

ポイント

看護師さんもそうですが、看護助手さんが高齢の方ばかりで、文句ばかり言っているような雰囲気が漂っていました。学会での華やかな雰囲気があっただけに、がっかりしました。

 

三つ目は県内の急性期専門のC病院

三つ目は、県内の急性期専門のC病院です。ここは先輩が転職しており、一緒に働こうよ、おいでよと声をかけていただきました。

見学に行くと看護部長さんがわざわざ案内してくださり、詳しくご説明をいただき、二つ目の病院での痛い思いがあったので、こんなに大切にしてくれるならいいなぁ、ここならいいなぁ、ここに決めたと思いました。が、数日後に自分の病院の看護部長から呼び出しを受けてしまいました。

 

C病院に見学に行った事が筒抜けになっていた

C病院とうちの看護部長同士でやり取りをしており、私が見学に行ったことが筒抜けになっていたのです。

うちの看護部長から、「新卒の看護師は3年で辞める法律なんかはどこにもない、何のために一生懸命育てたのかわからない、どうしても転職したいのであればまず看護部を通すように」等々、こっぴどく叱られました。私は奨学生だったので就活というものを知らず、良いところが見つかれば移ろうくらいの軽い気持ちでの職場見学だったのですが、部長からは「就職活動するにもルールがある」と言われました。まず退職の意思を上に伝え、必要なら部長から先方に連絡していただくのだそうです。

 

ポイント!

ポイント

無理に決まっている。そんな相談なんかしたら、全力で引き留めるくせに。部長だって私たち看護師のことは使い捨てくらいにしか考えていないくせに。自分の在職中に大量に看護師が流れないようにしか考えてないくせに。等々、同期の飲み会では相当愚痴りました。

 

部長にばれないように転職計画を立てる

一度辞めたいとスイッチが入るとなかなか引っ込まないものです。毎日辞めると愚痴っていたところ、当時の病棟のO師長が、自分が前にいた病院の部長に声をかけてあげると言ってくださいました。都会のS大学病院でしたが、派閥もなく、みんな優しい、色々と勉強になることが多いはずと言ってくださいました。

じゃあ、行きます!と、あと1年はここでしっかり働きますと約束し、今度は部長にバレないように、しっかりと計画をして臨もうと決意しました。

 

結婚する事になり、病院に留まることになる

半年後、私自身の状況が変わってしまいました。結婚することになり、夫の仕事の都合等もあり、結局はこのままこの病院で働いていた方が色々と都合がいいということになってしまいました。

病院は大喜びで、世帯寮を提供すると言ってくれ、その誘惑に負けてしまいました。3年目の転職も、結婚退職も、どちら叶わず、同期では一番早く結婚し、その後3人の子供を出産し、産後は8週で復帰し院内保育もしっかり利用して、たっぷり病院に貢献しました。

 

3.訪問看護ステーションの立ち上げを経験

4年後に転職の転機がやっと訪れた

ようやく転機が訪れたのはそれから4年後の27歳の時でした。当時は子供が小さいので夜勤の無い外来に配属されていたのですが、夜勤のある部門に異動を命じられたのです。

これは辞めるチャンスだと、断るなら今だと思ったところ、以前転職を後押ししてくださったO師長が定年退職することになり、I訪問看護ステーションを立ち上げるので一緒にやってくれないかとのオファーをいただきました。

夜勤さえなければ何でもいいと二つ返事で承諾し、退職の話はその師長が着けてくださり、無事に病院を退職することができました。

 

I訪問看護ステーションからN医療法人へ転職

I訪問看護ステーションでは、もともと気心の知れたO師長の下でしたし、利用者、ご家族とじっくり関わることができ、看護師の判断が要求される仕事はやりがいがあり、とても充実していました。

約1年後、I訪問看護ステーションの母体法人の役員をされていたH医療法人からヘッドハンティングされました。お世話になったO師長からは「見捨てる気か」と言われましたが、I訪問看護ステーションとN医療法人の経営者同士で私が欲しいと話がまわっていたので、私自身もどうすることもできず、結局はその話をお受けすることになりました。

 

H訪問看護ステーションを立ち上げた

新しいN医療法人ではH訪問看護ステーションを立ち上げました。立ち上げ申請手続きから職員の採用、行政との折衝、医療機関等への営業、さらに現場管理、看護の実践、請求業務まで、すべてを任されました。

介護保険制度もまだ開始前で、訪問看護ステーションの経営のノウハウも少なく、まだ29歳という若さでしたし、慣れないことに戸惑う毎日と、自分より年上の職員に囲まれて身の縮む思いばかりでした。

H訪問看護ステーションで5年ほど働き、34歳の時、夫の転勤があり、家族で転居することになったため、退職しました。

 

4.電車もない程の田舎で看護師転職活動

転居先は電車も通っていないくらいの田舎でした。医療機関も少なく、地域もわからず、情報が全くない中で初めて就職活動をしました。

ハローワークに行き、紹介いただいた病院で面接を受けたりしましたが、給料がびっくりするくらい安いのと、若くして管理職経験があるのは使いにくいと言われて萎えて帰ってくることもありました。

 

派遣看護師としてA社に登録

新聞の求人広告で派遣登録というものを知り、A社に登録しました。派遣では訪問入浴や老人ホームの看護師として働きました。見知らぬ土地で、方言もキツイ地域で言葉が通じないこともあり、とても不安でしたが、派遣という働き方は色々と職場も試せるので、当時の私の環境にはとても合っていたと思います。

訪問看護の経験は大変活かされ、どこに行っても重宝され、看護師の仕事というのはどこでも通用するなと実感しました。職員同士の人間関係にも巻き込まれず、一線を引いた状態でお付き合いできたことも楽でした。

契約期間満了を待たずして正職員になって欲しいと言っていただくこともありましたが、派遣元のA社の社員として採用したいと言っていただき、派遣期間満了と同時にそちらのA社の社員になりました。

A社では、居宅介護支援事業所の管理者とケアマネジャーの兼務として働き、半年後に課長代理に昇進し、看護師の指導や介護職員の育成等を担当しました。

転居直前まで所属していた医療法人へ戻ることに

転居後3年し、転居直前にまでH訪問看護ステーションの管理者をしていたN医療法人から、戻ってきてほしいと連絡をいただきました。ちょうど子供の進学の時期も重なっており、田舎では進学先が少なく、地元に戻ろうかと思っていたところでしたので、願ってもないお話しでした。夫はそのままそこにとどまり、私と子供たちで地元に戻ってきました。

まとめ

37歳で地元に戻り、N医療法人に入職し、それから10年になります。現在は2か所の訪問看護ステーションの統括や通所リハビリの立ち上げ、有料老人ホームの看護部長、母体のN医療法人の理事を兼任しています。

私は看護師になってからは幸いブランクがなく、いくつかの転職を経験しましたが、こうして改めて思い返してみると、自分が辞めたいと思ってもがいている時はあまりいい話が来ませんでした。

いったんは諦め、目の前のことを一生懸命やっている時に、どこからともなくその時の自分にぴったりの話が舞い込んでくるという感だったように思います。

その流れをどう見極めるのか。私の場合は、自分の思いだけでなく、家族や環境も含めてGoサインが出ていたように感じます。仕事は一人ではできませんし、周りの理解や応援があってこそできることだと思います。

縁やチャンスは自分で掴むものかもしれませんが、人が運んできてくれるものだと思います。人脈や情報収集は大切で、色々な情報を自分に取り込めるよう、普段からアンテナを高く保つことが大切だと思います。

上記のような、体験談に関する関連記事もありますので是非参考にしてみてください。


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この記事を書いた人

看護師経験20年以上。夫は10年以上単身赴任中で年に1~2回しか帰ってこないので、ほぼ母子家庭で3人の子育てをしながら仕事を続けてきました。
内科・リハビリ・訪問看護の経験が長いですが、派遣看護師やケアマネの経験もあります。転職をするたびにキャリアアップし、20代から看護部長に就任。管理業務だけではなく、現場の仕事もバリバリこなしています。
最近は親の介護も始まり、子育てと介護と仕事の3本を両立させるべく悪戦苦闘中です。
子供は医学部や看護学校に進学したので、お受験についても少しお話ができると思います。
趣味は写真撮影で、展覧会に入選するほどの腕前です。夜景が好きで夜中になると車で徘徊しては撮影にいそしんでいます。


カテゴリー:看護師リアル体験談

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(公開日:)(編集日::2017年04月26日)
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